『選択本願念仏集』によれば、法然は、念仏だけでなく、往生するには、以下のことも必要だとしている。
一つは、三心。至情心(まことの心)。深心(深く信ずる心)。廻向発願心(浄土へ行くことを強く願う心)。
もう一つは、四修の法。長時修(全生涯をかけて念仏を唱える)。恭敬修(心を謙虚にして敬う)。無余修(純粋であること)。無間修(間断なく念仏を唱える)。
念仏を単に唱えればいいのではない、というのが法然の考え方だった。
仏教ノート
2012年5月30日水曜日
法然はなぜ念仏を選択したのか
『選択本願念仏集』によれば、法然は、念仏を選択した理由を以下のように述べている。
念仏は易きが故に一切に通ず。諸行は難しきが故に諸機に通ぜず。しかれば則ち一切衆生をして平等に往生せしむがために、難を捨て易を取りて、本願としたまうか。
大乗仏教である以上、一人でも多くの人を救う必要がある。だから、難しい修行をする、という方法ではなく、易しい方法である、念仏を唱える、という方法を選択することで、多くの人を救うのだという。
非常に合理的な考え方ではある。
念仏は易きが故に一切に通ず。諸行は難しきが故に諸機に通ぜず。しかれば則ち一切衆生をして平等に往生せしむがために、難を捨て易を取りて、本願としたまうか。
大乗仏教である以上、一人でも多くの人を救う必要がある。だから、難しい修行をする、という方法ではなく、易しい方法である、念仏を唱える、という方法を選択することで、多くの人を救うのだという。
非常に合理的な考え方ではある。
2012年5月29日火曜日
法然の支持者はセレブが多かった
法然の支持者は、後白河法皇、九条兼実、平氏の面々など、京都に住む貴族や武士が多かった。
法然に続く、親鸞、道元、一遍、日蓮などは、どちらかというと、一般民衆に支持されたのだが、法然は、社会の上流層に支持された宗教家だった。
法然は、他の鎌倉仏教の教祖の比べると、大人しい、静かな印象があるが、それも、セレブたちに支持された原因であるのかもしれない。
法然に続く、親鸞、道元、一遍、日蓮などは、どちらかというと、一般民衆に支持されたのだが、法然は、社会の上流層に支持された宗教家だった。
法然は、他の鎌倉仏教の教祖の比べると、大人しい、静かな印象があるが、それも、セレブたちに支持された原因であるのかもしれない。
法然が僧になるきっかけ
日本の仏教シーンを大きく変えた、鎌倉仏教の先駆けが法然だが、その法然が、僧になったきっかけは、9才の時。
父は、美作の役人だったが、ある人間に恨まれ、襲われた怪我が元で死んでしまう。その時に、息子の法然に次のように言ったという。
”私を襲った人間を恨むな。これも前世の報いだ。お前は、僧になり、そうした因縁を残さないようにしろ。”
この後、法然は、寺に入り、僧になる修行を始めた。
父は、美作の役人だったが、ある人間に恨まれ、襲われた怪我が元で死んでしまう。その時に、息子の法然に次のように言ったという。
”私を襲った人間を恨むな。これも前世の報いだ。お前は、僧になり、そうした因縁を残さないようにしろ。”
この後、法然は、寺に入り、僧になる修行を始めた。
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